「赤の女王」は、映像をメインとする企画・製作工房です。
その名は、ルイス・キャロルの小説「鏡の国のアリス」に登場するキャラクターから拝借しました。小説の中で赤の女王は、ある意味深な言葉を告げます。

アリス 「あら、どうして? まだわたしたち元のところにいるわ?」
赤の女王「お前はどうあってほしいのだ?」
アリス 「わたしの国では、こんなに長い時間走ったら、大抵どこか
     ほかの所に着くわ」
赤の女王「それはのろまな国だな。いいか、ここでは、同じ所にいよ
     うと思えば力の限り走るのだ。で、どこかほかへ行きたけ
     れば、その二倍の早さで走らねばならぬ」

これを受けて、アメリカの進化生物学者のリー・ヴァン・ヴェーレンは、やはり女王の名を借用し、1973年に「赤の女王仮説」という学説を発表しています。それは、生物が生き残るためには絶えず進化し続けなければならないという説で、赤の女王の台詞「同じ所にいようと思えば力の限り走るのだ。で、どこかほかへ行きたければ、その二倍の早さで走らねばならぬ」の部分とぴったり符合したわけです。

変わり続けることの大切さ、進化なきものは死滅するという非情さに、我が身を重ね合わせ、実は「赤の女王」という命名は、キャロルの小説よりも、バェーレン博士の「赤の女王仮説」の方に大きく感化されたものでした。
確かに、どんな表現者にとっても、変わりつづけることは大切です。自分を作り変えてこそ、見えてくる真理というものがあります。真理の奥に、そのまた真理があったりするのです。表現者には、いまの自分を壊し、変えていく勇気が必要です。

私が映画青年の頃は、洋高邦低が常識で、邦画の劇場の入りはかなり悲惨なものでした。ところが、今は興行収入で邦画が洋画を圧倒しています。沢山の方が邦画を観るようになって、それは素晴らしいことに違いないのですが、私は「何か違う」という疎外感をいつも覚えるのです。要は、私が観たい映画ではないということなのでしょう。
そこで、近年こつこつと自分で小さな映画を創り始めました。自分が観たい映画は自分で創るほかありません。これからも映画の神様に胸をはれるような作品を一本でも多く成就させ、世に問うていきたい。その為にも、私自身、絶滅しないよう変わりつづけていかなければなりませんね。






by Arthur Rackham